![]() | 私塾のすすめ ─ここから創造が生まれる (ちくま新書) (2008/05/08) 齋藤孝 梅田望夫 商品詳細を見る |
著者が、私の大学の文学部の教授の方と、日本のIT企業経営コンサルタントの梅田望夫さん、ウェブ進化論の著者といったほうがピンと来る方も多いと思う。
この二人の対談と言う形で、この本は進んでいく。
この本のタイトルとなっている私塾をリアルの組織を超えたところに出来る志向性を同じくする人の集まりとしている。そして梅田氏は
―志向性の共同体たる私塾のようなものをネット上で作っていくとさまざまな可能性が開かれる―
と述べている。
たしかにこれまでの世界と言うものは狭すぎた。それがネットを介せば年齢、時間、人種、言語を超えて発言、考えの交換と言うものがものすごく簡単に出来るようになった。そこで、より知識があるものが、教えを他の人間に授けることが出来る。この私塾を開くことが出来ることはすばらしい可能性を持っていると思う。
そして梅田氏は述べる
―現実社会でうまく行っている子は別としてそうでない子供たちは、家に帰っても親との関係だけ、学校に行ってもせいぜい50人と言う範囲の中で、自分とぴったりあった世界を作れない。今の日本の教育は、そこでうまく行かないとすべて駄目といわれてしまう感じですが、ネットにはそこをひっくり返せる可能性があると思っています。―
ぼっち大学生という現実の社会で適応できなかったスレの住民が、何かしらの運命や意図があってスカイプで言葉を交わすと言うこの境遇にいる私だが、おかげで大学生活というものに以前より苦を感じなくなっている気がする。それに、いろんな人間がいるので勉強になるのでとても感謝している。
しかし、もうちょっと社会的な話やその学部でしか学べないことなどを聞いてみたい。
こういった空間はオープンでないといけないとされている。クローズドな空間は確かにノイズが入ることは無いが、新しいことが起こりにくい。オープンな空間ではリーダーシップが発揮される必要があるとのこと。
ブログってのは他方向への情報発信、そしてコメントやトラックバックとしての情報に対するレスポンスが受けられる。
その点がとてもいいものだと思う。本を読んで気に入った作家っというのは、その本を介してしか知ることが出来なかった。それが、今は検索窓に作家の名前を入れればブログがヒットする。それを見ることでその作家の日常や、人間味に触れることができ、またコメントと言う形で直接触れ合うことも出来る。これはまさしくブログだからこそ出来る業である。
一番ずきんときたのが、-断られることに対しての免疫が弱すぎる。傷つきやすすぎる。つまらないことで傷ついて終わり。―
これはものすごく的を得ていると思う。ものすごく失敗が怖い、で投げ捨てる。
この繰り返し、何も学ばないってのが多い。
「ノーが当たり前」この言葉は肝に銘じておかないといけない。就活までね・・・
「数にあたる」「量をこなす」これが重要だ。そして最後に「量をこなすことを恐れなくする」
これが一番華奢に出ている言葉が「本当に対象が好きなのかどうか、とにかく相当勉強してみてみないとわかんないよ」だ。たしかにやってみないとわかんないな。でも途中でやりたくなくなってしまう。
それが、「メンタル面での自己浄化装置を持つ」、ここにつながるのではないだろうか。
我慢に我慢をして耐え切れなくなった時の人間の行動、ここに人間の本質が見られるのではないだろうか。投げ出す人もいれば、逆にその仕事が好きになってしまう人もいる。後者になりたいものだ。
この本を読んで思ったが、賢い人は時間の使い方がうまい。
私は時間の配分というのがものすごく下手だ。これは直らない。どうにかしたいものだ。
これはこれからの宿題だ。
腹減った
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以下つまんねえのレス